「若返り」の歴史

「いつまでも若々しくいたい。」
それは、人類普遍の願望ではないでしょうか。古今東西、人間がいつも追い求めてきたこのテーマ。
その代表的な例として、歴史上の人物たちの若返りへの取り組みを見てみましょう。

秦の始皇帝(前259‐前210)

thumb-img中国の統一を初めて成し遂げた始皇帝。
絶大な権力と巨万の富を手に入れた彼にとってのただひとつの不安は、年齢とともに衰える体力と、やがて訪れるであろう死でした。

 

晩年、彼は死後の世界のための自分の墓(地下陵墓、6,000体の兵馬傭で有名)を作るとともに、臣下に不老不死の薬を探してくるよう命じ、東海の国に出発させました。
当時の中国には神仙思想というものがあり、東海の三神山(蓬莱・方丈・瀛州(えいしゅう))に住む仙人が、不老不死の仙薬を作っているとされていたのです。

 

大船に乗って出発した一団が漂着した先は、日本の熊野の新宮(現在の和歌山県)であったとされていますが、当然ながら不老不死の薬を見つけることはできませんでした。


その後、始皇帝は50歳でこの世を去ったと言われています。

クレオパトラ(前69‐前30)

thumb-img“絶世の美女”として語り継がれる、古代エジプト王国最後の女王、クレオパトラ7世。
相当な美意識の持ち主で、独自の若返り法を実践していたと言われています。

 

ハチミツ・アロエをローションにして肌・髪・爪のケア、ミルク風呂で肌の角質除去と保湿、バラの香油でシワ予防…等々。

中でも、真珠をお酢に溶かした特製ドリンクで疲労回復や細胞の活性化を図っていたことは有名な話です。

 

この時代に、一定の理に適った美容法を既にこれだけ知っていたことには驚かされます。

楊貴妃(719‐756)

thumb-img中国唐代、玄宗皇帝を骨抜きにした「傾国の美女」として知られる彼女。
その若さへの執着には、並々ならぬものがあったようです。

 

煮込んだ鶏肉・ロバの皮からコラーゲンを摂取したり、ビタミン・ミネラルが豊富なライチを食べて抗酸化を促進したり、四六時中お風呂に入って乾燥を防いだり。

 

また、若い女性の生き血を愛飲し、赤ちゃんのような肌を目指して母乳も飲んでいたという話も。

 

若さと美しさを保つためには手段を選ばない、凄まじいまでの執念を感じます。

エリザベート(1837‐1898)

thumb-img伝説的な美貌の皇妃として知られる、オーストリア帝国最後の皇后。
身長172センチ、ウエスト50センチ、体重45~47キロというスタイルに、艶やかな黒髪。

その完璧なまでの美しさの裏側には、涙ぐましい努力があったといいます。

 

ハードな運動と体重測定を日課にし、少しでも太れば絶食も辞さないという徹底ぶり。

肌のアンチエイジングのためには、イチゴ・蜂蜜・牛乳などを使ったパックを用い、 さらに就寝時には小牛の生肉を顔に張り付けていたとのこと。

 

人生の大半を美への追求に使った人として知られています。

まとめ

このように、若さを保つ、あるいは取り戻すために、いつの時代も様々な努力が続けられてきました。


そして現代。医学や科学の目覚しい進歩は、過去どんな権力者も手に入れることができなかった『不老長寿』を可能にしつつあります。
特に、『アンチエイジング(抗加齢療法、抗老化療法)』と呼ばれる各種の若返り療法の発達には目覚ましいものがあり、気になる体の部位、細かな希望に対応した様々な選択肢が用意されています。

 
昔と違い、これらの若返り法は上で紹介したような特別な人だけなく、一般の人々にとっても身近なものとなっているのです。
溢れる情報から上手に取捨選択し、自分に合った若返り法を見つけたいものですね。

 

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